2017年11月13日

白髪どうしよう問題

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40代も折り返し地点にさしかかってくると、白髪が気になるようになってきちゃった。

美容院でスタイリストさんが「白髪1、2本目立ってたので切っておきました〜」と言ってくれていた時期を過ぎ、耳から額あたりの生え際にチラホラ見えるなーという時期も去り、白髪が分け目に垂直に立つのも珍しい光景でなくなり、今では3〜4か月に一度、カラーリングをしてもらっている状態。現時点では通常のカラーリング剤を使っているんだけれど、スタイリストさんの判断で必要な時に白髪染めにシフトしてもらうことになってるんだ〜。

でもさー、白髪染めとかってさ、一度始めると「やめられない闘い」っぽくない?生え際の「白」を隠すための闘い。そうはいっても、例えば70歳とかになっても髪黒々、とかちょっと不自然だよねって思うんだよね。ちなみに私の祖母や義理の母はとてもキレイな白髪だったんだ〜。そのためか私は白髪に対して悪いイメージを持っていなくて、むしろ「私もあんな感じになれたらいいなあ」と思ったこともあったんだけど、髪質が違いすぎてそれはムリそう。2人とも髪が多くて硬くて割と若い年齢で白髪スタートしてるんだよね(30代とか)。その一方私はというと、今頃になって白髪がじわじわとスタートで、髪は少なくやわらかめなんだよね。残念だなあ。

年はどうしても取るもんだし、白髪だって増える(さらに言うと髪だって減る)。白髪や抜け毛に罪はないし私は敵視もしていないけれど、社会的には「白髪」(そして薄毛)は「悪」であって「防いだり隠したりするべきもの」なんだよね。不思議。私がたまに「私は白髪に悪いイメージを持っていない」みたいなことを美容院で言うと、やんわり「それは間違ってますよ〜」って否定されるしね(笑)。

もうさ、いっそのこと、この世の全員、60歳の誕生日を迎えた途端に髪型そのままにパッと白髪に切り替わって、70歳の誕生日を迎えた瞬間に髪がざっと全部抜け落ちるみたいな仕様になってたら、迷うことなんてなーんにもないのにね(人類の進化的には絶対そんな未来にはならないと思うけど・笑)。そしたら髪を染めなきゃとか、白髪が目立たたないヘアスタイルにしなきゃとか、ヘアピースを作らなきゃ、みたいな面倒がなくなって、お金も時間も、もっと効率的に使えるようになるのにね。

それがさ、白髪も抜け毛も人それぞれのペースで進むし最終結果も異なるものだから、みんな自分と周りの白髪進度を比べたり、家系的なハゲ具合を確認してみたり、友達は白髪染めとかどうしてるんだろうと探りを入れてみたり、現実が受け入れられなさすぎて7:3どころか9:1で髪の毛を分けて「ほら、まだいける!」みたいにしてみたり。あらゆるところで面倒な状況が発生しちゃう。一言で感想を述べるとすれば、時間と脳みその無題使い過ぎる...(> <)

ハナシがそれにそれたし、私なりの結論もないし、なんのオチもない記事なんだけど、ああ、この先どうしようかなって思う。自然に任せると、そのうち地毛色と白髪が混在してあんまり「キレイ」な感じではなくなっちゃうかな。でも年相応ってそういうことなんだよね。「若く見られるのを諦められない人」にはなりたくないなあ、という気持ちもあるしなあ(気持ちと好奇心はいつも若くいたいけどね)。

スタイリストさんに相談しても「染める」方向に舵を切られちゃうから話が進まないし、そうすると自分で考えるしかないのだけど、なんというか、こう、キレイかつ自然に徐々に白くなる、みたいな方法ないかなー?


posted by まみ at 16:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

意見の不一致

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ユリウス・カエサルに関する文献は多くあるけれど、彼自身による著書といえば『ガリア戦記』が有名ね。7年間(だったかな)に渡るガリア(フランス、ベルギー、スイスあたり)への遠征記録で、ムダのないシャープな文章が特徴とされているよ。日本語訳版も非常に切れ味の良い文が連なっていて、読んだ時「翻訳者さんすごいなー」って思ったよ〜。でね、そこにはもちろん貴重な史実データがてんこ盛りなわけだけれど(絶滅してしまった動物の描写なんかもあったりして興味深いよ〜)、それと同時に、「強いリーダーシップ」の描写も多いんだよね。

私はどちらかというとリーダーシップ論に興味があって、この本を図書館で借りたんだよね。で、ウキウキと読み進めていたんだけれど、私より前に借りた誰かが「ここ重要でしょ」みたいな感じで蛍光ペンを引いてたんだよね。図書館の本にそんなことするなんて!ってそれだけでも良い気分しないのに、さらによろしくないことに、その人が重要だと思ったところって、私の視点からはそうでもなくて、「ちょっと待って!カエサルのリーダーシップはこっちでしょ?この段落のこのあたりでしょ?!」みたいになっちゃった(笑)。

もちろん、本から何を感じて何を読み取るかなんてホント人それぞれだから、その人と意見が一致しないのは、まあ、当然なんだよね。でもさ、蛍光ペンで意見を主張されてしまうと、気になって仕方ない〜(> <)。結局まるまる一冊、その蛍光ペンの人とは意見が合わなかったなー。

同じ感じで、Kindleの「△△人がこの文をハイライトしました」みたいな表示をする機能(ポピュラー・ハイライト)も私は苦手。特別多くの読者がハイライトした部分にしぼってあるとは思うんだけど、やっぱり私とは意見が合わないことがほとんど。私の読解力が足りないかもしれないし、「多くの人にはこういうメッセージが大事なんだな〜」って学べることもあるけれど...。

じゃあ機能をオフにしておけばいいんじゃない?ってなるんだけど、一緒にKindleを使ってる夫はこの機能が好きらしくて、私が何度オフにしてもオンになって戻ってきちゃう。だから私はなんとなく諦め気味にオンのまま本を読んでいて...さっきまた多くの人と意見が合わなくて、つい衝動的にこの記事を書いてしまったわ(笑)。

さ、書いたところで読書に戻るよ〜。

posted by まみ at 21:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

3,000歩、その前に。

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スーパーに買い物に行って戻ってくるとだいたい3,000歩。

お買い物リストアプリにしっかり必要な物を入力して行くから、スーパーに着いてしまえば、そこからはサクサク。

問題は、そこまでの過程なのよね。

何を作ろうか考えるのが、め、め、めんどうくさーい(笑)。作るのは大好きなんだけど、何を作るか決めるのが、ひたすらに面倒くさい(笑)。さらに言うと、食事の支度に45分以上かけたくない。45分ってなんとなくハンパかもだけど、これまでの経験で言うと、やたら時間のかかる煮物とかでなければ(うち圧力鍋ないし)、だいたい45分で食事の支度ってできるんだよね。だからそれ以上かけて頑張るとかって、特別な日くらいだけにしておきたいんだよね〜。じゃないと、お仕事にも差支えちゃう。

そうすると、何を食べたいかをまず考えて、それが割と簡単に作れるかを判断して、いけそうだったらそこで初めて必要な材料をお買い物アプリに入力することになるんだよね。そんな感じで3〜4食くらいまかなえるくらい考えて、やっとこさお買い物3,000歩がスタート。

結局さ、料理って、料理するだけじゃないんだよね。なんていうか、計画するっていう作業が必ずついてきて、私はそれがすこぶる苦手というか面倒くさい(笑)。そんでもって面倒くさいって気持ちが閾値を超えると「今日ピザにするー!」ってなっちゃう。おかげで宅配ピザ屋さん、もう何年もVIP会員だわ、うち。えへへ。

だからさ(と急に話を戻すけど)、家族に「これが食べたい」って言ってもらえるのって、ありがたいんだよね。「食べたいものを考える」っていうプロセスをさっと省略することができるからね。

ちなみに「あなたが作る料理は何でも大好きだから、おまかせするよ!」みたいな言葉って、ほめてくれてるから嬉しいんだけど、実務的な観点から考えると残念ながら何の役にも立たないんだよね。ごめんね。そこでもし、「あなたが作る料理は何でも大好きだけど、またアレが食べたいなあ〜!」みたいに言ってもらえると、ほめてもらえてしかも献立を考える負担がちょっと減って、料理をする側としては花丸をあげたい答えかな♪それに、言った方は食べたいと思ってた「アレ」がまた食べられるよね。なんだかいいことばっかりじゃない?

ということはだよ?例えば夫婦でデートするときなんかは、「あなたと一緒ならどこでも楽しいけど、なんとなく△△に行きたい気分だな〜」みたいに提案してみると、相手はほめられて嬉しいし、私は行きたい所に行けて嬉しい、の二重丸ってことにならないかな、と思うんだよね。

色んな場面で「感情的に喜んでもらえる言葉」と「実務的に喜んでもらえる言葉」を組み合わせると、言う方にも言われた方にも嬉しい結果が待ってる気がする♡(のは私だけだったりして・笑)

posted by まみ at 00:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする