2016年10月30日

外ほん向きの仕事

Kindleを充電しようとしたら、いつもの場所に充電ケーブルが見当たらなかった。

心当たりがあると言えばあるような、でもそこにしまうことなんてまずないのに、というような場所を部屋の中で数か所探したけれど、やっぱりなかった。そこで「あ」と思った。外ほんの旅でスーツケースに入れてそのままかもしれない。

案の定、スーツケース内の目立たない小さなポケットのなかで、くるくるとまとまっていた。

スーツケースを開けたとたん、また外ほんの旅に出たくなった。次はどこがいいかな。札幌は大好きでいつだって外ほんの旅候補地だけど、行ったことのない県もまだいっぱいある。なんなら夫の故郷バンクーバーでもいい。

外ほんで気を遣うのは、やはり他人に仕事内容をチラ見される可能性だ。3年通った札幌ではさすがに人の視線が届きにくいカフェや席を具体的に把握することができたけれど、それでもやっぱり気を遣う。

チラ見されにくい席を確保した上で、仕事には外ほん向きのものとそうでないものがある、と思う。人によって定義は違うのだろうけれど、私にとって外ほん向きの仕事というのは、公知の情報を翻訳する仕事だ。専門誌に掲載済みの論文、発表済のプレスリリース、ウェブサイトでオープンになっている情報の翻訳がこれにあたる。こういう仕事なら、たまたま誰かが歩きながら0.5秒間私の画面を見たとしても、あまり不安はない。だから外ほんの旅の間はこういう仕事を集中的に引き受けることにしている。

ちなみに、外ほん向きでない仕事の代表格は、パワーポイントの翻訳だ。特にそれがブランドの製品情報だったりすると、さっと画像を見ただけで、わかる人にはわかってしまう。もちろん文字要素だけを抽出して作業することも可能だけれど、結局は画像入りパワーポイントを参照しながらの作業となる(じゃないと仕上がりイメージつかめないからね)。普段でも外ほんをすることはある。けれど、どんなにチラ見されにくい席を知っていても、パワーポイントを使った仕事を持って出かけることはまずない。深夜のファミレスで客が私一人とかならまだいいのかもしれないけれど、そこの従業員さんの視界に入る可能性もあるし、そもそもそこまでして外ほんすることもないような。

カフェやファミレスでPCを使って仕事している人をよく見かける。そばをさっと通っただけで内容を把握できてしまうようなことも実際よくある。さらには情報満載のスクリーンを見ながら電話している人もいたりして、そばにいる私が勝手に情報漏えいを心配したりする。まあ、お仕事している側はそうする必要があるからそうしているのだろうけれど。

そもそも心配性な私は、もしかしたら外ほんの場面でもビビりすぎなのかもしれない。でも、このくらいの緊張感を持っている方がなんとなく安心できる(気がする)。

posted by まみ at 22:00| フリーランス生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

私は仕事を断る人です

「やだー、性格わるっ!」って思った?うん、そうかもしれない。でもさ、まあちょっと私の体験談を聞いとくれ。

産業翻訳(実務翻訳って呼ばれたりビジネス翻訳って呼ばれたりいろいろだけど、今日は「産業翻訳」で)をしてると、それはそれはいろんな案件がやってくる。契約書、会議資料、議事録、会社案内、製品情報、店頭POP、監査報告、オフィス移転案内、観光案内、なんでもアリだ。

私は頼まれごとを断るのがそもそも苦手な性格だったのも手伝って、つい最近まで、面白そうな仕事はもちろん、白目むきそうな退屈な仕事も、畑違いの難解な仕事も、時間が許す限り仕事を引き受けていた。打診が重なれば自分の時間を削ってなんとか時間を工面して頑張ったりもしていた。楽しい仕事も辛い仕事もいい経験になったし、なによりいろんな案件に挑戦することで根性がついた(ような気がする)。

でもさ、そんなある日、何かの拍子に「あれ?」って気が付いちゃった。

誰かが「やりたくない」と思った仕事は、私が「それ得意!超やりたい!」って思う仕事かもしれない。ということは、私が「やりたくない」と思った仕事は、誰かが「私得意!ぜひやらせて!」と思う仕事かもしれない、って。

だったら、私はやりたい仕事ばっかりやって、そうでないのはそれをやりたい人に回してあげればいいんじゃないかな。私はやりたい仕事に専念して最高の品質を目指すし、やりたくなかった仕事はそれをやりたい人に回してあげることで、私が提供できる品質よりもうんと高い品質でお客様に訳文を提供することが可能になる。私も、その翻訳者さんも、お客様もハッピー!

なーんだ、いいことばっかじゃん!

ま、現実はそんなに甘くないのかもしれない。私が手放した仕事をほかの翻訳者さんが「やだなあ」って言いながら無理やり引き受けちゃう可能性だって大いにある(そう、これまでの私のように)。それでも、私がやりたくない仕事を断ることで、「いいことばっか」が起こる可能性はゼロじゃなくなる。そうだよねっ、ていうか、そうであるはず。

だから私は仕事を断る人になった。

ところで、仕事を断ってばかりいたら干されるかなって思ったら、全然そんなことなかった。それどころか、断ればその数だけ「じゃあこれは?」「こんなのは?」と新しい打診がくる。面白そうな仕事を選び引き受ければ、ものすごく喜ばれる。選んだ仕事は楽しくてついつい執拗に(?!)よい品質を追い求め、その結果お客様に喜ばれる。で、そのお客様の声を受けてリピートが来る。予想に反して、なんか嬉し楽しいサイクルが始まってしまった。

やりたい仕事だけやるなんて、ずるい?大人げない?ま、そう思われちゃうかもしれないよね。別にいいケド。ちなみに私は毎日のように、「もっと早くにそうすればよかった!」と思ってる。

今年残りもあと2か月ほどだけど、この調子で、そして来年もこのまま、私は仕事を断る人でいようと思う。

posted by まみ at 22:00| フリーランス生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月28日

星占い

星占いは信じてないけど、定期的に目を通すのが一つだけある。

そんなことを言ったら「じゃあ星占い信じてるじゃん!」って言われそうだけど、なんというか、そうじゃないのだ。いや、そうなのか。

好んで読んでいるのは、Fatalの星占い。他の占いは種類に限らず眼中になく、たとえチラと視界に入ったとしても、印象にも記憶にも残らない。後になって「そういえばあの時なんて書いてあったっけ?」と思うことすらない。

Fatalの星占いとの出会いは、たまたまだった。1年ほど前、仕事で調べ物をしていたら、流れ流れてたどり着いたのがFatalだったのだ。ただそれだけのこと。

気分転換になんとなくのぞいた星占いページには、こんな感じのことが書いてあった。「XX月XX日に、頼れる先輩から語学に関するヒントがもらえるかも。」星占いを読んだのは、XX月XX日の3日後。そしてXX月XX日は翻訳セミナーで、大先輩からいろいろアドバイスをいただいた日だったのだ。「ほほー」とちょっと声が出た。

偶然?たぶんね。

好奇心に抗えず、定期的に読み始めた。そこには毎週、良いことだけでなく悪いことも遠慮なく書いてあった。良い未来とか悪い未来とかではなく、どちらかというと、「あなたのこういう良いところが本領を発揮する」とか「あなたのこういう悪いところに今週は気を付けて」というような、占いのようなアドバイスだ。そして、「何日ごろにあれこれあれこれ」という具体的な日付がある時は、私の場合、それが数日〜1週間ほどの誤差で本当になったり近い状態になったりすることもあった(もちろん、すがすがしいほどに外れることもあるけれど)。書かれていた内容をすっかり忘れて一週間を過ごし、「そういえばあの時なんて書いてあったっけ?」と振り返れば、「その通りだ」と感心してしまうことも少なくない(そういう方向で私が解釈しているのかもしれないけど)。

そんなこんなで、占いというよりはアドバイスという気持ちで、定期的に読んでいる。良いことが書いてあればそれはそれでちょっと楽しみが増えていいし、悪いことが書いてあれば気を付けようと思う。どちらかというと、悪いことが書いてある週の方が、ありがたいし読み応えがあるような気がしている。

星占いを読んだからといって人生順風満帆になるわけないし、この占いの通りにすれば100%安心かというとそんなことがあるわけない。でもなんとなく読んでしまうのは、星占いが更新された時の「答え合わせ」がちょっと楽しいからだろうと思う。

当たるも八卦、当たらぬも八卦。
私と占いの関係は、このくらいでちょうどいい。

posted by まみ at 22:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする