2016年09月29日

タイムマシンに乗れたなら

タイムマシンで過去に戻れるとしたら、どのあたりに行きたい?新婚ラブラブ♡だった頃?部活とか楽しかった学生時代?毎日が発見の連続だった赤ちゃん時代?

私ね、紀元前50年くらい。

日本から遠く遠く離れた古代ローマ帝国。ガリア(←ざっくりフランスあたり)を平定したユリウス・カエサルが思うところあって軍を率いてルビコン川を渡り、ローマに戻るちょい前あたりかしら。そのあたりでカエサルに会いたいの。まあ、カエサルが生きていた頃ならいつでもいいのだけれど、でも、「40歳すぎないと政治的な才能が開花しない」ってどこかで読んじゃったから、紀元前100年生まれっていう説を信じたとして紀元前60年まではやっぱり待ちたいわね。

それでね、あのセリフを言ってもらいたいの!
「賽は投げられた。」

でもさ、カエサルって今でこそ歴史に名を残す偉大な政治家で軍人で文筆家で、私たちは「カエサルの名言」みたいなものを知っているけれど、本人にしたらン千年も後になって自分の言葉が有名になってるなんて、夢にも思わないよね。

ということはさ・・・(妄想モード)

私 「ねーねー、カエサル、カエサルー。」
カ 「??」
私 「あれ言って?あれ。有名なあれ!」
カ 「えーっと、我こそはローマ帝国の・・・?」
私 「ちがう、ちがーう!」
カ 「じゃあ・・・Fortuna!(とかどう?)」(← カエサルは幸運の女神様の名前「Fortuna」を戦争開始のかけ声にしてたらしいよ)
私 「それじゃなくてさ・・・ほら、賽・・・?賽は・・・?」
カ 「賽?どうすんの?」
私 「だってほら、ルビコン川渡る時に "賽は投げられた" って言うじゃん?」
カ 「え、俺ルビコン渡るの!?」

みたいな会話になっちゃうのかしら・笑(←言語とかいろいろとツッコミどころ満載なのはご愛嬌)。

人類の歴史の中で後世に名を残した人物はたくさん(ほんとにたくさん)いるのに、なぜかハゲ・・・じゃなかったカエサルはとても印象深くて(←ハゲは本人も気にしていたらしい、ゴメンね)、一度会ってお話ししてみたかった、と思う。

そういえばカエサルはハゲなだけでなく女たらしでもあったそうな。
いかんいかん、私まで彼の魅力にやられてしまうー(なーんちゃって・笑)。

posted by まみ at 20:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

以心伝心(なんて信じない)

「日本には以心伝心とかいうものがあるらしいけれど、僕は信じてないし、僕には通用しないから。」

お互いに結婚を意識し始めたある日、夫(当時彼氏)に言われた言葉だ。

相手の表情から遠慮がちに機嫌をうかがい、感情や要望を読み取ろうとすることが当たり前の国に生まれ育った私と、人間は言葉が使える動物なのだから言葉でコミュニケーションをとるべきだと教わり、それが当たり前だと信じて育った夫。異なる文化背景を持つ二人が一緒になれば、考え方の違いが生まれるのは当然のこと。そうなった場合は、テキトーな中間地点で私たちオリジナルの「第三の文化」を作ることにしている(結婚前に決めたことだ)。でも、以心伝心問題については夫の主張に100%従うことにした。

私たち日本人って、人の表情や動作を見て、

「怒ってる気がする。」
「お水が欲しそうな気がする。」
「今は話しかけない方が良い気がする。」

・・・みたいに相手の感情や状態を想像して、それに基づいて行動を起こそうとするじゃない?

でもさ、ちょっと待って。タイムアウト、タイムアウト。

「怒ってる気がする」と「怒ってる」は全然違うし、「お水が欲しそうな気がする」と「お水を欲しがっている」は全然違うし、「話しかけない方が良い気がする」と「話しかけない方が良い」は全然違うよね。本当に怒っているのかどうか、本当にお水が欲しいのか、本当に今は話しかけない方がいいのか、本当のところは本人にしか分からないよね。

だから、極端な話、「〜な気がする」は「気のせい」じゃないかなと思うんだよね。さらに言えば、その「気のせい」を根拠に行動を起こしたところで、当たるも八卦当たらぬも八卦。喜ばれればラッキーだし、そうでなければ完全に空回りじゃない?ってことはさ、「あの人怒っているのかな」って3分間悶々と考えて自分なりの結論を出してアレコレと(頼まれてもない)行動起こす代わりに、1秒使って本人に「怒ってる?」って聞いた方が話早くない?逆に、そうしなかったばっかりに二人の間に微妙な空気が流れちゃったりでもしたら、それはもう面倒なことこの上ないと思うのよ。

だからさ、声出していこうよ。
空気より、お互いの言葉を信じていこうよ。
深読みして失敗したり察してもらえずに拗ねたりするより、言葉にして伝えようよ。
私たち、せっかく言葉が使える動物なのだから。

posted by まみ at 21:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

ささやかな予言

20年ほど前、大学生だった。その頃私は「20年後の日本は熱帯列島になる」と友達に語り、夫(当時は「彼氏」だったけど)に語り、そのたびみんなに曖昧な笑顔ではぐらかされていた。

でもさーでもさー。熱帯になったじゃん?それっぽくなったじゃん?夏やたら暑くなったじゃん?

大学を卒業しルームメイトやクラスメイトが世界中に散らばってしまった今、私のささやかな予言の結末を自慢できるのは夫のみとなってしまった。(何度も自慢を聞かされる夫、かわいそう・笑)

そして2016年。今、私は、「もうすぐオーバーシェアリングの時代が終わる」と友達に語り、夫に語り、ふたたび曖昧な笑顔ではぐらかされている。それでも、おはようからおやすみまで日常を余すところなく他人に見てもらおうとする行為は近い未来、「もうそんなに楽しくないかも」判定を受けるような気がしている。

流行るものは廃れる。問題はそれがいつかってことで、私は特に根拠もなくあと5年くらいかなと思っている。もちろん、こんなことを思っているなんてTwitterでもFacebookでも言えっこない。言った途端にSNSガチ勢に叩かれて、面倒な思いをするだけのような気がするからだ。「私はこんなにSNSを楽しんでいるのに、今となっては大切な生活の一部なのに、あなたはそれを否定するんですね。なんだかとても傷つきました。。。」とでもFF外からメンションが飛んできたりしたら、それこそイヤすぎる。だからここでこっそりと(?)言ってしまうことにした。

言ったところで、私のこのささやかな予言を聞いたのは、友達2人と、夫と、そしてあなただけ。大丈夫、大丈夫。


posted by まみ at 21:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする